≪第1回 神経内科を理解する基礎(平成16年1月27日講演≫
柳川リハビリテーション病院 神経難病センター長 酒井徹雄

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1.神経内科誕生の歴史
<神経内科学>講座の精神神経科からの独立には、大変な逆風があった。そのような経緯で日本で最初の神経内科学講座が誕生したのは、1964年九州大学医学部においてであった。脳疾患研究所内科部門初代教授として黒岩義五郎先生が着任された。当院の前副院長 安徳恭演先生、現副院長 小池文彦先生、高木病院脳疾患センター長 田中薫先生と私は黒岩義五郎先生の門下生である。九州大学に日本初の神経内科学講座が誕生後、新潟大学、東京大学などにも神経内科が生まれた。
2.神経内科の特徴
昔、某国立大学の第3内科(神経内科)の先生が「うちの内科は3つのない科である」と言われた内容を筆頭に神経内科の特徴を以下に列挙してみた。
(1)分からない(神経解剖の複雑さ、神経疾患の数の膨大さ、神経学的診察技術の煩雑さ)
(2)治らない(一連の神経難病を始めとして治療が難しい疾患があるのは事実である)
(3)儲からない(私が神経内科を目指した1970年代は診断しても治療法のない疾患が沢山あった。従って儲からないと言える時代であったが、90年代に入り多くの治療法が発見されつつある)
(4)諦めない(これが一番大事なことである。神経内科医が諦めたら他の誰も治療法を発見してくれない)
(5)患者数は一番多い(偏頭痛だけで840万人、緊張型頭痛はその倍以上、脳卒中を合計しただけで3,000万人以上が神経内科の患者さんである)
(6)厚生労働省の特定疾患治療研究事業の46疾患のうち、24疾患は神経内科医が主体的に、もしくは他科の医師と相談しながら診ていく疾患である。神経難病が多いということである。
(7)神経内科学は全身学である。つまり神経系は全身を支配しているので神経内科医は全身を診れなければ優秀な神経内科医になれないのである。その意味でprimary care医であると言う事も出来る。神経内科は内科学のcore中心部であるとも言えよう。
(8)21世紀は心の時代・脳の時代といわれている。神経内科医は患者さんの脳神経状態の把握とともに心の状態も把握できるように研鑚を積むべきであろう。
3.神経内科診察のポイント
神経内科疾患の95%は、問診と神経学的診察により診断される。残りの5%の疾患の場合、脳波・筋電図・CTスキャン・MRIなどの検査が必要となる。私の研修医時代も今の若い方同様に、技術に走り脳波・筋電図・CTスキャンの読影に興味の中心が向きがちであったが、これは大きな誤りと言えよう。基本は、やはり詳細な問診と緻密な神経学的診察である。そして強調したいのはこれらの問診・神経学的診察における医師の真摯な態度が患者さんへ安心感を与え、同時に患者さんから信頼を得ていく事に繋がるのである。神経内科疾患に限らず、医療の基本はこの医師の態度(真摯さ・まじめさ・思いやり)にあり、ここから信頼関係は構築されていくのではないだろうか?
(1)3step diagnosis:
これは、1ststep(詳細な問診により疾病の特徴、例えば血管障害なのか発作性疾患なのか変性性ないし代謝性疾患なのかをイメージする)、2ndstep(神経学的診察により病変部位がどこにあるのかを推察する)、そして3rdstepとして最終診断にいたると言うことである。

≪第2回 神経内科臨床の実際(平成16年3月23日講演≫
柳川リハビリテーション病院 神経難病センター長 酒井徹雄

前回、<神経内科を理解する基礎>を講義したので今回は実際、どのような患者さんを対象に診療しているのかを症例提示した。
(1)48才、男性:左視床出血のため職場にて意識消失して搬入された。右半身完全麻痺にもかかわらず、リハビリ・スタッフの献身的治療により、杖歩行可能にまで回復し、自宅へ戻られた。
(2)67才、女性:クモ膜下出血後に交通性水頭症併発。VPシャント施行後、翌日、ケイレン発作を起こし、その後暫く無動・無言の状態であった。高次脳機能回復を目的として2003年2月当院入院。言語療法士の尽力によりめきめきと回復し、長谷川式痴呆スケール:入院時11点から一ヵ月後29点にまで回復し自宅へ転院された。
(3)71才、男性:50才台より高血圧を指摘されていたが、放置。1985年より脳梗塞・一過性脳虚血発作を5回繰り返ししてきた。1994年物忘れ・動作緩慢のため国立病院受診し血管性パーキンソニズムと診断され、抗パーキンソン剤を投与されていた。嚥下障害がひどくなり、胃瘻造設のため入院(血管性パーキンソニズムは、進行性核上性麻痺(神経難病:特定疾患)と臨床像が似ることが多く、注意を要する)。
(4)28才、女性:1989年 突然、視力低下。球後視神経炎と診断されパルス療法により軽快。その後 再燃・寛解を繰り返し、1997年全盲。その後、両下肢シビレ感出現。脊髄炎を疑い、パルス療法にて軽快。8ヵ月後、両上肢シビレ感と下半身感覚鈍麻をきたしパルス療法(このように 再燃・寛解を繰り返すのが多発性硬化症の特徴である。従って、いかに再発を抑制するかが多発性硬化症患者さんのADL向上に大きく関与することが推察できる)。
(5)70才、女性:1973年5月 全身脱力・眼瞼下垂にて発症。75年、国立病院にて重症筋無力症と診断され、ステロイド内服治療を開始。その後、国立療養所への入退院を繰り返していた(重症筋無力症は来年3月にセミナーで講義の予定)。
(6)46才、男性:2002年春 髭剃る時に右の頬に皺が寄らない事に気づく。その後、右目を閉じれなくなってきた。これらの症状が、少しずつ悪化してきたため当院受診。神経学的診察で、左方向性眼振・視運動性眼振誘発不良・右顔面筋力低下を認めたため、経過より右小脳橋角腫瘍を疑い、頭部MRIにて確認され、脳外科にて無事手術された。
(7)69才、女性:2002年10月急に左視力モヤモヤ感・左鼻翼から眼の奥に疼痛を感じるようになり近医受診し、偏頭痛・脳出血を疑われ当院受診。診察すると
1.苦悶状顔貌
2.左目充血・左瞳孔散瞳11o(右:3o)
3.左眼底;硝子体混濁のため診えない
以上より、緑内障の急性発作を疑い眼科紹介したところ、左眼圧68、右20で緊急手術され、事なきを得た(緑内障の急性発作は、よく偏頭痛と間違えられて神経内科を受診されることがある。神経内科医としては決して見逃してはならない大事な疾患である)。
(8)59才、男性:2001年1月電車通勤中に体の動揺感を感じた。2002年9月フラツキ歩行、同年12月、呂律が回らない。これらの症状が少しずつ悪化してきたために当院受診。診察すると、
1.仮面様顔貌・抑うつ顔貌
2.筋固縮;右上肢中等度、左上肢高度
3.動作緩慢;右上肢なし、左上肢中等度
4.左上肢にミオクローヌス
以上の進行性の経過より、脊髄小脳変性症のなかの多系統萎縮症を疑い、頭部MRIを撮ったところ、橋小脳萎縮のほかに被殻外側の高シグナルのスリットを認めたので多系統萎縮症と確定された。治療は、主に抗パーキンソン剤の投与とリハビリテーションを施行。
(9)75才、男性;2002年より徐々に食欲良好であるにもかかわらず体重減少。その後、四肢細くなった。診察すると、
1..女性化乳房
2..顔面筋・舌に筋線維束収縮fasciculationと舌萎縮
3..四肢筋
びまん性に細い、骨間筋萎縮
4..深部反射消失
5.Gowers徴候
陽性より、Kennedy病(球脊髄性筋萎縮症)を疑い、androgen受容体の遺伝子検索により証明された(ビデオ供覧)。
(10)80才、女性:1997年正月に玄関に貼るべき門松の絵を冷蔵庫に貼っている。その後、自分の物を盗まれたと訴えるようになった。被害妄想が少しずつ悪化するために2002年9月当院受診。神経学的には、失見当識・長谷川式痴呆スケール10点と低下。他は異常なし。頭部MRIにて海馬を中心として大脳皮質の萎縮を認め、老年痴呆(アルツハイマー型)と診断し、シンメトレルにて経過を診ている。
(11)口蓋ミオクローヌス:ビデオ供覧。

≪第3回 神経難病とは?(平成16年5月29日講演≫
柳川リハビリテーション病院 神経難病センター長 酒井徹雄

1. 神経難病の定義
「難病」は、医学用語にはなく通俗的表現である。一般的には、治療法がない疾患や治療するのが難しい疾患群を総称する用語。神経難病も同様に用いられるが、日常的には厚生労働省の指定する特定疾患を指すことが多い。

2. 厚生労働省特定疾患治療研究事業
 これは治療・看護・ケアが大変で長期にわたり、本人や家族への肉体的・精神的・経済的負担が重過ぎて大変な疾患を厚生労働省が<特定疾患>として指定し、少しでも本人・家族の経済的負担を軽くしようとの意図でその疾患に関する外来・入院費が無料もしくは定額(所得に応じて額が変わる)になる制度であり患者と家族の受ける恩恵は大きい。現在、45疾患が指定されているが 特記すべきは神経難病が多く含まれるということである(下記参照)。

【厚生労働省特定疾患治療研究事業】
 1.ベーチェット病、2.多発性硬化症、3.重症筋無力症、4.全身性エリテマトーデス(SLE),5.スモン(SMON), 6.再生不良性貧血、7.サルコイドーシス、8.筋萎縮性側索硬化症(ALS),9.強皮症・皮膚筋炎及び多発性筋炎 10.特発性血小板減少性紫斑病、11.結節性動脈周囲炎、12.潰瘍性大腸炎、13.大動脈炎症候群、 14.ビュルガー病、15.天疱瘡、16.脊髄小脳変性症、17.クローン病、18.劇症肝炎、19.悪性関節リウマチ、20.パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症)、21.アミロイドーシス、 22.後縦靭帯骨化症、23.ハンチントン病、24.モヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)、 25.ウェゲナー肉芽腫症、26.特発性拡張型(うっ血型)心筋症、27.多系統萎縮症(線条体黒質変性症・オリーブ橋小脳萎縮症及びシャイ・ドレーガー症候群)、 28.表皮水疱症、29.膿疱性乾癬、30.広範脊柱管狭窄症、31.原発性胆汁性肝硬変、32.重症急性膵炎、 33.特発性大腿骨頭壊死症、34.混合性結合組織病、35.原発性免疫不全症候群、36.特発性間質性肺炎、 37.網膜色素変性症、38.プリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病他)、39.原発性肺高血圧症、 40.神経線維腫症、41.亜急性硬化性全脳炎、42.バッド・キアリ症候群、 43.特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)、44.ライソゾーム病、45.副腎白質ジストロフィー

このうちで、神経内科専門医が主体的に診ていく疾患が多発性硬化症・重症筋無力症・スモン・筋萎縮性側索硬化症・皮膚筋炎および多発性筋炎・脊髄小脳変性症・パーキンソン病関連疾患・ハンチントン病・多系統萎縮症・プリオン病・副腎白質ジストロフィーなど、11あり、また内科、脳外科、小児科、眼科でも診るがよく神経内科外来を受診されることが多い疾患としてベーチェット病・全身性エリテマトーデス・結節性動脈周囲炎などの膠原病や後縦靭帯骨化症・広範脊柱管狭窄症などの整形外科領域疾患やモヤモヤ病・ライソゾーム病なども神経内科専門医が深く関わることが多い。このように見て来ると45特定疾患の半分が神経内科領域の疾患であるといえよう。

3. 特定疾患と特殊疾患
特定疾患に対峙する用語として<特殊疾患>がある。これは、特殊疾患療養病棟入院の対象となる疾患群のことで、具体的には 重度の肢体不自由児(者)・脊髄損傷等の重度の障害者・重度の意識障害者・筋ジストロフィーそして神経難病のうちで以下の10疾患である:多発性硬化症・重症筋無力症・スモン・筋萎縮性側索硬化症・脊髄小脳変性症・ハンチントン病・パーキンソン病(ヤール3度以上)・シャイ・ドレーガー症候群・クロイツフェルト・ヤコブ病・亜急性硬化性全脳炎。

4. 特殊疾患療養病棟の県内施設
福岡地区に5ヶ所、筑後地区にも5ヶ所、北九州地区と筑豊地区にはそれぞれ1箇所ずつある。平成16年3月の時点での県内の神経難病患者さんの合計は6000名以上おられ、前述の県内12箇所の特殊疾患療養病棟病床数と当院神経難病病棟病床数(=60)を合計しても1000にも満たない故、神経難病患者さんの急変時の受け入れやや療養体制が万全とはとても言えない状態である。因みに、当院の6階病棟は神経難病病棟であるが 行政的には特殊疾患療養病棟ではなく傷害者施設であり入院患者さんの内訳は以下のようである。 パーキンソン病 13名、脊髄小脳変性症11名(うち、多系統萎縮症5名)、多発性硬化症 2名、スモン 2名、以下 各1名(筋萎縮性側索硬化症・舞踏病・重症筋無力症・進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症・ギラン・バレー症候群・CIDP・ジストニア症候群・筋ジストロフィー・全身性エリテマトーデス)。

5. 神経難病患者さんに接する医療従事者の心構え
事例として65歳のパーキンソン病患者さんの例を提示した。この方は治療が順調にいっていたのであるが、県立病院から地元の総合病院神経内科へ紹介され 担当医より 「アンタの病気は治らないよ」と云われてから大いなるショックを受け3ヵ月後から幻聴・被害妄想が出現し始めてこのために入退院を5回繰り返している。この担当医の不用意な発言が直接的な原因ではないと思うが、少なくともトリッガーにはなっており 同じ医療従事者として肝に銘じておくべきであると考え提示した。私としては、下記のようなことを忘れずに神経難病患者さんへ接していきたいと思っているので ご参考になれば幸いである。

「医療従事者としての心構え」
・ 患者さんの気持ちに近づく(自分の病気は治らないのではないか・後、何年食事を口から食べれるのだ ろう?・後、何年生きれるのだろう?) 
・ただの「頑張ってください」はダメ.科学的根拠をもって励ます
・患者さんへ、ウソつかない.正直に話す.相手の気持ちを考えながら言葉を選びながら話す
・ 喋れない方・痴呆のためコミュニケーションがとれない方へも 挨拶など普通の患者に接する態度と 同じ態度をとる

6. 神経難病患者さんの受けられる医療・福祉制度について
@公費負担制度
・特定疾患として診断された方の申請により、医療費の自己負担の一部を公費で助成 ・特定疾患対策協議会で認定をされた方は受給証を発行
A利用できるサービスについて
・医療保険
・介護保険の一部の医療サービス
  在宅医療サービス…訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅管理指導
  施設医療サービス…介護療養型医、療施設に入院して行われる介護、療養施設サービス
B介護保険制度とは
  65歳以上の方は受給対象
  40歳〜64歳の方
  特定疾患のうち、8疾患が特定の病気として指定。「筋萎縮性側索硬化症」「後縦靱帯骨化症」「シャイ・ドレーガー症候群」「パーキンソン病」「脊髄小脳変性症」「クロイツフェルト・ヤコブ病」「慢性関節リウマチ」「広範脊柱管狭窄症」
C難病患者等居宅生活支援事業とは
・ 難病等で療養されている方の日常生活を支援することにより、自立と社会参加を促進することを目的と した事業
・サービスの種類・内容
   ホームヘルプサービス
   短期入所事業
   日常生活用具給付事業
D難病患者等居宅生活支援事業について 対象者
  1.厚生労働科学研究難治性疾患克服研究事業の対象疾患及び関節リウマチの方
  2.在宅で療養が可能な程度に病状が安定していると医師によって判断される方
  3.介護保険法、老人福祉法、身体障害者福祉法等でのサービスの対象とならない方
E保健所での主な事業
  1.特定疾患医療公費負担申請の受付
  2.電話や面接による各種相談
  3.医療相談・療養上のアドバイス含む
  4.訪問診療…診察や療養指導
  5.家庭訪問…保健師による訪問
  6.療養研修会
  7.家族会等の育成
  8.療養情報普及開発・・「たより」等

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